2011年3月30日水曜日

進歩の感じられない半年間

昨年の9月ごろからある意味で予期せぬことに気持ちが傾き始め、半年以上付け焼き刃的にがむしゃらに頑張ってみては来たが、やったほどの進歩は感じられず、歳を取るとこんなモノかと諦めムードが漂い始め、3月に入ってから少しプレッシャーをかけるのをやめてみることにした。もちろんやめるつもりはないが、プレッシャーを取り除くことで何か変化が起きないかと少し期待して、休憩を取ってみることにした。

1ヶ月ほど練習を意識することなく以前のような状態へ戻そうとした訳ではないですが、不思議なことに以前の状態にはもう戻れない状態であることにも気づく。ここのところは自分でも気がつかなかった進歩かも知れない。つまり練習を強く意識することなく、練習に入れる状態になれているということは、ある種の進歩に違いない。ただし内容的なモノはほとんど進歩しているとは言えない。

そんなことを考えながらも時々ネット上で好みの曲を見つけては聴いている内に、自分が探していた標的の中に新たな標的を見つけてしまった。難しくなく単純な繰り返しなのだが無駄な音が入らない分散和音を使った独特の世界。明るくもなければ暗くもない。心の襞の1枚1枚に染み込むような郷愁めいた曲。やっとたどり着けたかな・・・それもこれも多分この半年間の悪戦苦闘のお陰かも知れない。

まだ新しい世界への第一歩は始まってはいないが、これまでの保育園でのお遊戯はきっぱり卒業して、少し「らしくなる」方法などを真剣に学んでみたいと思う。これまで学ぶべき数人の方にはお会いしたが、歩むべき方向性と留まるべきステージでのあり方があるいは全然違っていたのかも知れない。いずれにしても心があっての活動がベースにあるべきで、それを忘れたエンターテイナーはもはや爪楊枝ほどの価値さえ見いだせない。

ある意味でカヤックを始めた頃によく似ていて、カヤックの何かを求め始めた時にアッチコッチのプロ業者のところへ顔を出しては、その道の求道者とも言うべき人を捜し求めたが、まぁとてもご立派な方ばかりで、とてもワタシのような素人などはお相手して頂けなかったのであります。一番感動をしたのは、今でも覚えているのですが、「鮫に噛まれたら痛いよ!」って教えてくれたプロもいましたし、野田知佑氏の本を一杯出して来て「この人に憧れているんですよ!」って、延々2時間も話を聞かされたりした記憶もまだ新しい。一番凄かったのは、船を売るときは「この艇は瀬戸内海のどこでも乗れます!」と言っておきながら、買った後で具体的な航海ポイントを尋ねると「そこは危ないからダメ!」って、どこを尋ねてもその同じ答えが戻って来た。笑えないジョークですよね。

音の世界の話に戻すが、明らかに底辺領域だからだと思うのですが、どこへ行っても似たり寄ったりで、全体的に靄がかかったような印象を強く受けてしまうのは、ワタシの感性に問題があるのかとついつい思ってしまうのだが、きっとそういう霞の中での浮遊に慣れてしまうと、吹き溜まりにいることすら気がつかずにいられるのかも知れないね。

そろそろカヤックシーズンの幕開けですが、こうしたワタシの趣味の世界も少し模様替えをしてステージを変え、新たな挑戦をしながら、カヤッキングの世界を少し違ったニュアンスで広めたいと思う。まぁ何が言いたいのかはよく分かりませんが、とにかく暖かくなったら頑張りますと言うことです。
趣味だろうと仕事だろうと一番大切なのは仲間とその心なのではないか・・・?!